猫の可愛さを知ってしまう-楽しくない異文化理解

 私は小学生以来犬だとか猫だとか家で買われる四足歩行の哺乳類に対して恐怖を抱いていた。きっかけは9歳のときに友人宅に遊びに行った際そこで飼われていた雑種の雑魚犬が私に向けて猛烈に吠えてきたことにある。その雑魚雑種犬が吠える目は9歳の私には殺意を帯びているように見えた。私は20年以上生きてきたが他者からリアルな殺気を向けられたのが後にも先にもこのときだけであり、当時の幼い私は狼狽えた。それ以来割と本気で犬というものは隙あらばこちらの首筋に一噛み入れることを企んでいる悍ましい生き物だという風に信じていた。また家で買われる四足歩行の哺乳類という点で猫もそう大差ないだろうとよくわからない解釈をして猫をも恐れた。犬猫を可愛がる大勢を死に急ぎ野郎だと思うのが20歳の夏まで続く訳である。

 時は移って今年の夏の出来事になるのだけれども、私はサークルの合宿で那須塩原に赴いた。当日は生憎の雨でずぶ濡れになって凍えそうになりながら観光をした。その後宿舎に着くと大急ぎで大浴場に向かい、この体を温めようと試みた。温泉はとてもよくかなり熱めなお湯で雨に濡れた体によく染みた。友人との会話にも花が咲く。きれいさっぱりぽかぽかになって浴衣に着替え大浴場を出ると待っているのは私の大好きな喫煙タイムである。浴衣でぽかぽかで吸う煙草というのはなかなか情緒がありエモくて私は楽しみにしていた。しかしそんな私のウキウキとは裏腹に一緒に風呂に浸かっていたサークルメンバー達は臭い不健康な煙を吐き出す私を煙たがるように一目散に部屋へと行ってしまった。私は落ち込みながら一人で煙草を吸う。そのときベンチの横にピョコンと現れたのがその宿舎で飼われているらしき猫であった。一瞬殺されるかと思ったが、彼の目からは殺意など微塵も感じられなかった。それどころか友人に煙たがれる私を慰めるかのように隣に居てくれる猫が妙に可愛く見えてしまって抱きしめたくなった。喫煙所近くに猫の餌を置いてくれる宿舎に感謝しつつその幸福を満喫した。

 私は猫について幾分も誤解していたらしい。猫は殺戮好きの狂動物などではなくただの天使だった。煙たい私を受け入れてくれる。11年前に犬と同一だと判断してしまったことを強く後悔する。この件で私が得た教訓は実際に接してもないのにこういうものだと決めつけてしまうことがいかに愚かかということだ。猫は犬とは違い私達の首筋を狙わない温厚な動物であることに気付けて本当に良かった。猫は可愛い。

にほんブログ村 大学生日記ブログ 文系大学生へ
にほんブログ村 jQuery('.icon-hamburger').on('click', function() { if(jQuery('.menu-container .menu').css('display') === 'block') { jQuery('.menu-container .menu').slideUp('1500'); }else { jQuery('.menu-container .menu').slideDown('1500'); } });