Tiktokを毛嫌いしてしまう私はもうおじさんなのか

はじめに

  新しい流行りごとにグダグダと文句を言うようになってしまったらもう立派な老害だと私は思う。だから新しい流行りがやってきた時はそれを受け入れてそういう世界もあるのだと思うようにしなければいけない。だけれども私はTiktokという動画共有サービスの送り手や受け手を見ていると嗚咽が止まらなくなる。どうしてもあれを否定したい気分になる。しかし流行を全否定することは私の思想に反する。だから今、理性と感情の間に揺れておかしくなりそうになっている。今回の記事の目的はなるべく理性的にTiktokを否定することだ。老害一歩寸前の大学生の戯言だと思って聞いて欲しい。

 

いくらなんでも内容が軽すぎる

  正直言うとそこまでTiktok内のコンテンツを視聴した訳ではないが、あそこのコンテンツはあまりに内容が軽すぎる。音楽に合わせて手振りやダンスをしたりして少し可愛いかったりかっこよかったりすると人気が出て、それに憧れたteenが真似をする。別に軽いからだめだということはない。だけれどもああいった投稿サービスがまるで他の巨大なSNSプラットフォームと同等の価値で扱われているのが気に入らない。娯楽としてのああいうものを否定してはいけないとは思っているがそれが熱中ごとに変わってしまうと問題だと思う。あそこまで成功したサービスだとハマるひとが増えてしまうのも懸念点の一つだ。大して深く楽しまれることもない暇つぶしのためだけのコンテンツ(興味深いTiktokコンテンツを私が知らないだけかもしれないが)を不特定多数で作り上げ、視聴して現代のティーンの時間は奪われていく。こうやって私が可哀想だと思うのも余計なお世話かもしれないけどTikTokで長く暇つぶししている人達を全く幸せだと思えないのだ。大切なことなので何度も言うが、軽い娯楽としてのTikTokは否定するつもりはない。

 

話は拡大する

  TikTokに限った話ではないけど、人の時間を浪費させるようなコンテンツの製作者を私は軽蔑する。もちろんTikTokの投稿者には浪費させる意図なんてないかもしれないけど、あのような投稿が純粋に面白さの追求や有益性、創作意欲によってなされているとは思えない。簡単に注目を集めることが出来るという点が重視されているような気がする。そしてその注目されたいというティーンの願望の横で大量な広告が流される。ティーンの時間の浪費を巨大企業が喰い物にしている。そんなんでいいのか。反抗期のティーンらしく反旗を翻したらどうだろうか。しかしそんなこと言ったら他の広告で稼ぐスポーツ選手とか、マスメディアまで批判の対象になってしまいそうだからこの問題は難しい。結局話がまとまらなかったが、TikTokに居る女の子が結構可愛いということだけ伝えておこう。時間を捨てる哀れな女の子を見たいというサディスティックなあなたにお勧めする。

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