私は人気の少ない駅前で喫煙をしていた。市が定めた条例などは無視して、虚ろな目をして煙草を吸う私は最高にイケている。もちろん副流煙を人に浴びさせることだけは申し訳なく感じるので隅っこで小さくなりながら喫煙を楽しんでいる。煙を肺に入れる。斜め前の方に吐き出す。そんなことを繰り返して程よい長さになった煙草を地面に落とし、靴で踏む。すると駅の方から30代くらいの綺麗にアイロン掛けされたシャツを着た男が先が丸い可愛いデザインの革靴をコツコツと鳴らして近寄ってきた。
「あの、非常識ですよ。」と鋭い目つきで私に言う。
「すんません。もう吸いません。」内心はドキドキだ。
「すいませんじゃなくて、吸い殻を拾って下さい。」
「あ、ごめんなさい。嫌です。」まずいことになった。突発的に反抗してしまった。
「捨てるときは指先だけかもしれないですけど、清掃員さんは全身を使って拾うんですよ。」そんなJTの啓蒙ポスターの受け売りみたいなことを口走る。男にどうしても反論したくなった。悪い癖である。
「お言葉ですけど…僕フィルターなしのタバコ吸ってるのでゴミにはならないと思うんですよ。」
「…屁理屈はいいです。」
「有機物っすよ。落ち葉と同じっす。」
「もういいです…話にならないんで警察呼びます。」
男はそう言い放つと細身のスラックスからスマホを取り出して電話をかけ出した。かなり面倒なことになった。なんで私はいっつも要らぬ所で反骨精神を出してしまうのか。私は虚ろな目をしてカッコつけたかっただけなのに。しかも今回の場合明らかに路上喫煙をしている私の方が悪い…。
「あのーポイ捨てをしていた人がいたので来てもらえます?場所ですか?〇〇駅の前です。」かなり話が進んでいる。
「すんませんでした。拾います。」
「ん?…あのさ今更謝られても遅いからさ。とりあえずお巡りさんに来てもらうから。」と私に言い放ちすぐ電話に戻る。
数分後、警察への迷惑電話が終わったらしく。男はスマホをしまってそっぽを向きだした。どうやら警察が来るまでは話し合いに応じませんよというスタンスらしい。やっぱりこの人に許しを乞うのは間違っている。だってこの人だって今虚ろな顔をしてカッコつけてる。私とやっていることは同じだ。
「あ!iPhone12なんすね。」と切り出す。しかし男はだんまりだ。
「iPhone 毎回買い換えてるんですか?だとしたら無機物いっぱい捨ててるじゃないですか。僕はずっとこのエスイーを使ってますよ。有機物破棄と無機物破棄どっちが悪いかは明確だと思いま」
痛っ!何故か鼻の先に私が捨てたフィターなし煙草がある。牛革の匂いがした。赤い。多分小学生ぶりに鼻血が出ている。視界が砂嵐みたいになってて不思議だ。革靴が私の顔の前に行ったり来たりしている。可愛い丸っこいデザインで助かった…
あの後私は救急車で運ばれた。後から聞いたところに依ればどうやらあの男は元ヤンキーだったらしい。うう…怖い。私は知らぬ間に暴力魔に喧嘩を売っていた…確かに屁理屈は言ったさ、暴力は聞いてないよぉ。屁理屈でどうにかなると思ったんだよ。ネット世界の私が垣間見えた瞬間だ。ペンは剣よりも強いけどもキーボードは革靴よりも弱かった。