高校生の命を救ったある雌蚊の話

  私は今血を吸っている。その味は筆舌に尽くしがたい絶妙な味で触覚が蕩けてしまいそうだ。私の蚊生で一番の幸福である。

  私は予てから無防備な若い人間の血を吸おうとしていてその機会を伺っていた。そして2分程前に半袖を着て生きているのか死んでいるのか分からない顔をした無気力そうな大学生がこの公園にやってきたのだ。私はすかさず彼の手首のあたりに飛んでいき血を吸い始めた。人から血を吸う行為は極めて危険な行為だ。彼らは私達蚊を見ると反射的に叩いてくる。彼らに殺生の意識などない。私たちはその生活の何気ない一動作で命を失ってしまう。

  私の幼馴染の恵美子は人間に殺された。恵美子が人間の血を吸いに行くと言ったとき私は泣きながら彼女を止めた。でも結局彼女は行ってしまった。そして帰らぬ蚊となった。全触覚が粉砕されるという悲惨な死に方だ。葬儀の日私は恵美子のお母さんと話をして思いもしない事実を知った。彼女のお腹には新しい命が宿っていたと言う。恵美子は出産する栄養を蓄えるために人間の血を吸おうとしていたのだ。あのときの私はまだまだ若くて自分の子供を持つことがなにを意味するのか分からなかったし、自分の命を懸けてまで子供を産もうとする恵美子のことが理解出来なかった。

  私のお腹にはあのときの恵美子と同じように新しい命が宿っている。愛する夫拓也との子供だ。今なら恵美子のあのときの気持ちを理解出来る気がする。この子達のためならなんでも出来る。そして夫と子供達と幸せな家庭を築きたい…チュウチュウ

 

  

  僕が公園のベンチに座ってタバコを吸っているとなんだか騒がしい声とともに二人乗りをした高校生の男女が公園内に入ってきた。そのカップルは僕の隣のベンチに座り肩を寄せ合った。生産性を感じた。僕は性行為もしたことないしもちろん彼女も居ないし、種の保存に貢献することは今後無いのだろう。横にいるカップルの振る舞いは二一歳にもなってロクに恋愛もしたことのない僕への侮蔑のように思われる。全く嫌なことばかりで腹が立ってくる。だから僕は筆箱の中に入っているカッターナイフで隣のカップルを刺殺しようと思った。僕を馬鹿にしているのだから特に問題はないのだと思う。僕がバッグの中から筆箱を取り出しているとき手首に一匹の蚊が止まっていることに気付いた。痒くなるのは嫌だ。これ以上イライラさせるな。僕はその蚊を思いっきり叩いた。僕の手首に蚊から出た血が散乱している。蚊はグチャグチャになっている。何故か先程までのイライラが収まっていた。僕は清々しい気分になり、生きているカップルを残して公園をあとにした。

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