含みのある通りでの男女

 ネオンが輝く典型的な歓楽街に僕ら二人が舞い戻ったのは午後10時を過ぎた頃だった。街行く男女の賑わい、その一翼になれているだけで僕の心は随分と満たされた。僕がそんな街に取り込まれているさなか彼女がなにか言葉を発した。でも聞き取れない。彼女の声の大きさはこの街にはあっていない。まぁそれは僕もなのだが。こうやって人の話を聞き取れなかったとき何を言ったか聞き返すのが自然な流れだとは思うのだがなぜか僕はそれをしなかった。飲み屋が密集するこの通りを僕たちは駅の方に向けてただ淡々と歩いていた。煩い歓楽街ではあったが僕と彼女に出来た場だけは確実に静寂を保っていた。僕らの5歩手前を歩く男女が腕を組みながら歩く。やけに短いスカートと日に焼けた肌が目に余る。1歩半横に隣ぽつんといる彼女がやけに可愛く見えた。僕は無言の彼女を横目に月しか見えない空を時折見上げながら物思いに耽る。

「今日はありがとう。楽しかったね。」と彼女は笑っているのか、無理に笑っているのか分からない、そんな表情で言った。

「こちらこそ、楽しかったよ、またどっか行こうね」と僕は言ったが、文字通り上の空だったと思う。

そこからまた暫く会話が途切れる。会話こそなかったが僕は夜の街の明かりで照らされる彼女の薄暗い横顔をずっと眺めていた。あと1分も歩けば駅に着く。そう思うと急にこの通りの街灯一つ一つが尊いもののように見えてくる。彼女はネオンや月や男女、街灯にどのような意味を込めているのだろう。到底僕には想像が付かない。思慮浅い僕には惚れ惚れとするような彼女の思慮深い言葉は察しようのないことなのだ。いわずもがなそれが良いのだが。あぁこんな無駄なことを考えているうちに駅についてしまったではないか。今日という殊勝な一日が終わってしまう。駅の現実的な照明や、アナウンス音声が見え隠れして僕は落ち込む。何か言葉を発しなければならない。出来れば彼女に何か特殊性を感じさせる一言を。僕に対して、今日に対して、意味付けを強制させなければならない。でもやはり僕は思慮浅かった。言葉は出ない。すると

「少し歩かない?」と無表情で彼女が言う。

その言葉が僕に促すのは隣の駅に住む彼女の最寄り駅まで歩こうということだった。しかし僕はそれ以上にその含みに期待してしまった。僕は少し歩くのだ彼女と。その意味付けは未だ不透明である。だけど僕は彼女の意味するものと一致するように、その含蓄に富んだ言葉を愛でるように彼女の意見にそっと同意した。

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