鬱な友人

  先日、小学校からの親友が仕事との様々な兼ね合いで色々本気で病んでいるという知らせが届いた。彼は元来より明るい性格でそういうものとは無縁のものと思っていた。私自身そういう性格に憧れがあった。でも実際にズタボロになっていそうであった。そういった兆候は今思えば幾つかあった。それなのにそういった悩みを真剣に尋ねてあげられなかったのが悔やまれる。そもそも幼馴染でそういう所まで気軽言えない関係だった自分に腹立たしくなる。外には見せない内面的な負債。そういうものを私自身経験してきたのに親友のそれに気付けない。自分は心優しい人間だと思っていたが、ただの鈍感人間であった。

 彼の自殺的願望を見た時、心にぽっかり穴が開き。ただ自分自身の欲望としてずっと仲良くしていたいという考えが起こった。それは自己中心的に。いままでそういった知り合いには「鬱アピールが寒い」と考えていた。普段の明るさとの落差が身に染みる。自分が鬱気味になったときは同情の言葉は全て「お前に何が分かるんだ」と思える。それを顧みて、彼には私の自己中心的な言葉を浴びせてあげたい。もちろん自責の念は隠して。正解は分からないけども。

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