海の日

 明日は海の日。社会人にとって嬉しい月曜日の休息。僕は久しぶりに女の子とデートをすることになった。彼女から「デートしよう」と誘われたのだ。恋人じゃない女の子からデートに誘われたのは初めてのことだったので少し、いやとんでもなくドギマギした。おまけに「プランは任せても良い?」というのだ。つまり僕の男としての素養が試される。しかし生憎僕はそんなものをこれっぽっちも持ち合わせていない。金曜日の夜にデートをすることが決まってから日曜日の夕方に至るまで、どこに行くかを決められなかった。

 きっとどんなプランでも彼女は「楽しかったよ」と言うことだろう。三連休の最後が僕という楽しくない人間で良いのだろうか。なんてことを考えている。彼女とは大学生のときに何回か遊んだきりの間柄だ。はっきり言って初対面に近い。おまけに僕のブログを見られている。初対面の女の子にダサい内面を知られているシャイボーイほどに弱いものはない。

 デートプランを考えるにあたって僕はいつも「お喋り出来るだけで良いのにな」と考えてしまう。楽しいところに行くとお喋りを阻害してしまうからあんまり行きたくない。海の日だから海浜公園にでもなんてことも考えた。でもそんなありふれたことをするのは気が引ける。ある程度静かだけどダサ過ぎない場所…そこで僕は彼女を吉祥寺に誘った。数年後にあんなシャイボーイとデートしたことを思い浮かべて、微笑んで貰えれば良いのだけど。なんてことを考えていたら時計の針は3時を指していた。

 

 

 海に入りたくなるような日差しの中、なぜか僕らは吉祥寺の住宅街を歩いていた。意図していた通りの楽しいものに邪魔されずにお喋りするデートを満喫していた。合うことがなかった大学生活から今日の三連休まで色々なことを知った。しかし想定外だったのは彼女が楽しそうにしていることだった。

「あの坂の先って海がありそう」

指をさしてこう言う。

「あー魔女の宅急便的な街?」

もちろんその坂を登っても海はなかった。面白いことを言うなと思った。そしてまた別の坂に入ると

「海だよ!」と指差す。

「あるかね〜」

次の瞬間に彼女は僕の手を握って走り出す。彼女に連れられて全力に近い勢いで走る。坂の上が凄い速度で迫ってくる。心拍数の上昇と共に僕はその向こうに広がる海の見える街を錯覚した。それは楽しくない筈のデートが変更を余儀なくされた瞬間であった。半ば強引にあちら側に引きずり込まれて、意図を忘れる。彼女はそういうことをするのが本当に上手だった。長いこと保っているペースを容易に乱してきた。

なぜかその辺りから頭がボケーッとして色々変になった。走ったせいで日射病にでもなったのではないかと睨んでいるのだが。

 

ミトランティス傍観記

  ミトランティス市街、第14区にある喫茶店で僕はいちごジャムのトーストを齧りながら窓の外を見ていた。伝説の都ミトランティスは湖に沈んだと思われたが、中では当然のように日常生活が行われている。でも沈みかけているだけあって湿度が異常に高い。おかげでトーストの中はモチっと外はサクッとっで絶妙な感じになっている。僕は毎朝、開店と同時にこの店に来る。店主の態度は良くなく、「いらっしゃいませ」もない。コーヒーメーカーで淹れた可もなく不可もない浅煎りのコーヒーとトーストと苺ジャムを無言で持ってくる。かと思うと、カウンター席にいつも座っている常連と思しきおじさんには気さくに談笑していた。

 

「マスター今日はちょっと流れが早いね。」

「ええそうですね。1区あたりは沈んでいるじゃないですか。」

「そしたら儲けもんだよ。ハハッ」

「ちょっと〜不謹慎ですよ。」

 

ミトランティスは、いわばこれから伝説になる途中経過的な都市だ。沈めば人々から忘れられて、都市伝説上の都市になる。今はまだミトと呼ばれているのだけれども沈めばミトランティスとして伝説が始まる。もっともその事実を知っているのは外から来た僕だけで、この洪水とともに暮らす都市は当たり前のように存在している。

僕は都市伝説途上都市たるミトランティスを救うでもなく壊すでもなく傍観者としてただ居る。ミトランティスが始まるその時まで。

 

ゲキイタ

 僕は根本的なところで激痛な人間なのである。気を抜くとそういう部分がすぐに出てしまって、振り返ってとても恥ずかしい思いをする。

 

小学生のときに卒業遠足で行った、としまえん。そこで撮られた集合写真には僕だけが満面の笑みで写っていた。八重歯丸出しの恥ずかしい笑顔だ。同級生との最後の思い出ということでそんな笑顔が出たのかもしれない。小学生のときから明るいタイプではなかったけど、ふとしたときにそういう明るさというか熱さというかそういうものが出てきてしまう。僕はそれを激痛と呼んでいる。

 

そういう激痛は、成長とともに引っ込んでいくものだと思っていたのだがそういうわけでもないらしい。大学に入ってからのお酒の席ではネジが緩んで激痛に拍車がかかった。サークルの卒業した先輩が飲み会に来てくれた際には柄にもなく、帰りの駅までの道中にひょこひょこと近寄って、「先輩居たとき良かったですよ~」なんてことを行って一方的に悩みを吐露したことがあった。社会人になってからは研修で一緒になった配属先の違う同期に熱めの厚めの長文メッセージを送った。彼らは僕と比べ物にならないくらい営業成績が良い。書いていて顔が赤くなってしまうような出来事だ。

 

 

普段塞き止めていた水が、激流として流れ出る。そんなダムから流れ出た大量の水が河川及び周辺の居住地域に洪水を引き起こす。溢れるまで塞き止めているから激流になってしまうのであって、それを普段から定期的に放流していれば小川のせせらぎが聞こえる平穏が続く。僕の川は常に干からびていて、周囲の人々は水不足を嘆いている。そしてたまにとんでもない氾濫を起こす。

 

これが僕の激痛であり、もっとクールに生きたいというのが切実な願いである。

不良系の知り合い

 今日、営業車両を運転していたとき中学時代の不良系の知り合いから急にLINEが届いた。寝ぼけた頭にこんなメッセージが飛び込んでくる。

「さっきふぁみまいた?」

まだ返事をしていないしするつもりもない。俺は水戸に居んだよバーカ、車両の中で独り言をぶちまけたのは言うまでもない。直接は言えない。恐らく地元の彼らがよくたむろっていたあのファミリーマートに来ていたかどうか尋ねている。単車風の改造が施された、カッコいい自転車が無秩序に並んでいた光景を思い出す。

彼にとってファミリーマートは一ヶ所しかない。ワンファミマの世界で彼は今日も生きている。

 

中学のときはそこそこ仲良くしていた。だけど高校生になってからは特に連絡を取ることも無かった。そして大学受験を控えたくらいのときにいきなり電話が掛かってきた。全く変わらない幼稚な空気感で遊びに誘ってきたので僕はそこで縁を切ることに決めた。そのときの僕は僕で幼稚だったけれど過去のものとは異質の幼稚さがあった。そういった変化も省みず話しかけてくるところが本当にないなと思った。

まぁでも相手は腐っても不良である。怖かったので、電話では中学生の自分を演じつつそのあとで優しくLINEをブロックした。

そういった経緯を物ともせずに冒頭のLINEが来るのである。恐らくLINEアカウントを作り直したのだろう。不良系のポジティブシンキングは見習うべきところがあるかも知れない。ワンファミマの世界は嫌だけれど、そういう性格は良いと思う。素直羨ましい。僕は多分一生そうはなれないよ。

そんなことを考えながら僕は再度優しくLINEをブロックした。

仕事は楽しい

 社会人になってから一日一絶望といった塩梅で、まるで毎日のルーティンのように自分の置かれた環境に絶望している。今日は数字も取れないくせに有給を使うなという宣言を聞いた。これも小さな絶望である。

先日久しぶりに大学の友人と飲みに行った際には同じく絶望している友人の姿があった。そして会社の不満をぶつけ合う。多少はスッキリしたけど、後日振り返ると愚痴を肴にしている姿は社会人以外何ものでもないことに気付いた。せっかく大学の友人に会えたのにこんなつまらない話題。本来であれば僕らは学生に戻るべきなのである。だから次会ったときは絶望の話なんかしないと心に決めた。

 ルーティン的な絶望に目を瞑れば社会人も案外楽しいものである。爆乳の事務員さんの服装が毎日楽しみで仕方ないし、それをチラ見するおじさん社員の目線も楽しい。

営業で街に出れば、田舎の高校生特有の会話を聞くことが出来る。今日も「お前らにも歌舞伎町の汚さ知って欲しいわ〜」

ピアスをつけた髪が長めの高校生が芋っぽい同級生に対してこう語っていた。楽しさで溢れた。

病院に営業に行ったときには事務部のマキさんが対応してくれた。丸い眼鏡をかけた大人の女性だった。不慣れな営業マンを優しくリードしてくれたのだ。わざと書類の不備を作って、何度も訪問したことは上司にはナイショだ。

本当に仕事は楽しい。

 

自慰としての自慰行為

 社会人になって自慰行為に励む時間がここまで貴重になってくるとは思わなかった。僕はなんと自慰行為を平日の5日間していない。こんなことを言ったら学生の皆からは「かっこつけてんじゃねーぞ」と怒号が飛び交ってきそうなものだが、まぁ事実だから仕方がない。学生のときには自室でパソコンに向かって、飽きたらロフトベッドを登って自慰行為をするというのを繰り返していた。今思えばあの時間はとても幸せだった。

「幸せは失って初めて幸せだったことに気づく。」

そんな格言の意味をこんな情けない経験で気付くとは思わなかった。

 しかしだからといって土日になったら、昼夜問わずシコリ倒すのかというとそうではない。休日はそれはそれで貴重だから、無為な自慰行為に時間を使っていられない。朝目が覚めて、早朝にそれをサクッと済ましてしまう。30分くらいだろうか。いやちょっと格好つけてしまった、5分でそれを済ます。するとその後はとにかく自由な時間が続く。性欲に縛られない。朝活を豪語するジジィはこんな気分なんだろうと思う。明朗快活に午前中に家事を片付ける。充実感が生まれる。そしてブログを書く。充実感を綴る。

 しかしこう考えてみると僕の学生生活は自慰行為を通して形成されていたことに気づく。僕は常にシコれる出来事を探していた。シコるために大学に入学して、シコるために社会学を学び、シコるために演劇研究会に潜り込んだ。その4年間をオナペット探しに費やした。で、言い過ぎでもなんでもなく千の夜をシコった。千の朝もシコったかもしれない。僕は熱意のある自慰行為をしていた。確実に自分を慰める以上の意味があった。アレは自慰行為ではなくて、青春行為と呼ぶに相応しい。いやちょっと格好つけ過ぎか?しかし今やっている行為は慰めの意味以外何もないことは確かだ。僕はそれがとても悲しい。

女好き

 上司の車に乗せて貰い営業を行う地区まで移動した。その車内にて。

 

「楽しくない、あのな営業は女を口説くのと同じだからな、一杯遊んだ方が良いぞ。」

「僕、全然遊べてないっすね〜」

「役職持ってる奴なんか皆女好きだからな」

「僕も女好きですよ」

「じゃあ今後が楽しみだな〜」

 

 僕は大の女好きだ。上司の言葉を鵜呑みにすれば役職を持つ素質があるのだ。

だけれども少し考えてみると、上司の言う女好きと僕の女好きはずいぶん趣が違うことに気づく。

 

 学祭の準備で残る放課後、クラスで出すのはたこ焼きの模擬店だ。彼は作業を休憩し、仲の良い友人とバカ話をしている。彼女は一人で黙々と段ボールを切ってその上にコピー用紙を貼り付けてタコの絵を描いている。そして彼は話の輪を抜けて、ポケットに手を突っ込みながら彼女の横にしゃがむ。そしてこう言う。

「お前それほんとにタコかよ〜、脚足んないぞ笑笑」

 

僕の女好きは、少し離れたところで一人で黙々と作業しながら始まる。屋台道具の設営をやっている。そして痒くもない頭を掻きながら彼女の近くにゆっくり近づく。

「ああのさー、ホットプレートってどこの電源使えばいいのかな?」

そして学祭は終わる。綺麗に葉を枯らす銀杏の木陰で男と手を繋ぎながら校門を出る彼女を眺める。

そして影の影で彼女をオナペットに自慰行為をする。そう。どうしようもない女好きなのだ。可能性が絶えても尻を追いかけるのをやめない。ベクトルは違えども僕の方が遥かに女好きだと思う。

 

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