虫と暮らす

 社会人1年目はゴキブリ。シンクの正面の壁に彼が這っていた。それも特大のクロゴキブリが。はじめて見たときはギョッとした。営業の仕事をして、客前での出来事に一喜一憂をしているときに現れて家に帰ることを億劫にさせた。帰ると決まってシンク近辺で僕のことを待っている。とにかく気持ち悪い。電気料金の支払いが遅れて停電したときは、暗闇の中で確実に蠢く彼の存在に震えたものだ。でも次第に「待っていてくれる」というその現象のみを見るようになっていて、気付いたらその存在に嬉しさを感じていたのである。いつもは決まった場所に居るのだけど、彼女を家に入れたときなんかはひっそりと鳴りを潜めてくれていた。気が利く奴である。もし彼女の前で彼が現れたのなら僕は体裁上、ティッシュボックスで殺さなければいけなかった。躊躇なく、スパーンと行っていただろう。逆に出てくれた方が、きっぱりと決別出来たのだろうけどもそうはさせてくれなかった。憎らしい奴である。何はともあれ共同生活は上手く行っていた。

 9月の残暑が鬱陶しいくらいの頃合いには、小さな個体が見られるようになった。君もついに家庭を持つ頃合いかと感慨深く思った。いつものシンクに居ることが少なくなる。親しい友人が彼女との婚約を教えてくれたときと似た感覚だった。

 一人暮らしの開始から半年が経ち、玄関が夏に買ったビーチサンダルとニューバランスのスニーカー、二足の革靴で埋め尽くされていた。新しく買ったエアジョーダンを置くためにそれらを靴箱に避難させる。すると隅っこによく肥えたクロゴキブリの死体を見つけた。流石に泣くほど狂ってはいなかったけど、それなりに悲しい気持ちになった。それなりに弔いながら燃えるゴミに捨てた。

 社会人2年目はコバエ。コップに放置した日本酒の中に多数の死骸が浮かんでいる。出張続きで、家にゴミを溜めすぎた結果だ。もちろん生きている個体もいる。こいつらが何かを象徴するのかはまだ分からないでいる。単純に退廃なのかもしれないし、もっとなにか高尚なものなのかもしれない。感受性が試されている。舐めるなよ、僕は血を吸っている蚊に劣等感を感じたことがあるんだ。

にほんブログ村 大学生日記ブログ 文系大学生へ
にほんブログ村 jQuery('.icon-hamburger').on('click', function() { if(jQuery('.menu-container .menu').css('display') === 'block') { jQuery('.menu-container .menu').slideUp('1500'); }else { jQuery('.menu-container .menu').slideDown('1500'); } });